なぜ三重でも奈良でもなく和歌山に属することになったかというと、昔、林業が盛んだった北山村は、伐採した木材を筏に乗せて川を下り、河口である現在の和歌山県新宮市に運んでいました。当時の村民の大半はこの筏を操縦する「筏師」で、筏師たちと新宮の木材業者との繋がりはとても深いものでした。そして明治の廃藩置県で、新宮が和歌県に編入された際、「ならばぜひわたしたちも!」という村民の声が聞き入れられたことにより、晴れて日本で唯一の飛び地の村が誕生したのです。https://icotto.jp/presses/1323